新燃岳の噴火が本格化してきたね。南九州の霧島連山の一部を占める新燃岳、51年前のことを懐かしく思い出す。
ブログでのお馴染みさんはとっくにご存じだけど、我っち、二十歳すぎから25歳まで、博多の会社に勤めててアートディレクターをやってた。九州全域の(大分県はなぜか縁が薄かったけど‥‥)クライアントを相手に、頭でっかちの若造の論法で客先を説き伏せるようなこともあったけど、ま、それなりの実績は積めたと思ってる。
クライアントのひとつに路線バス会社があって、観光バスも運営してる会社だった。新婚旅行で随分にぎわった宮崎だったけど、我っちが担当したころはもう、そのブームは下火になってたな。
観光リーフレット、カレンダー、ポスター、絵はがき‥‥そんなものを作るために、カメラマンと同行して宮崎県内のロケを繰り返したもんだった。
ノカイドウの花が咲いてたから、あれは51年前の春たけなわの時期だったんだろう、カメラマンと二人して、韓国岳頂上を皮切りに、霧島連山を縦走しながらここぞと思う風景を撮り続けた。韓国岳頂上からは、桜島がかすかに見えてるけど、高千穂峰のとんがり頂上とは方角が違いすぎて、宮崎の観光ネタとしては不十分。でも一応、撮ったんじゃなかったかな。
韓国岳の南面を下って新燃岳に向かった。左手には獅子戸岳も見えるけどパス。新燃岳の火口東淵にたどり着き、カルデラ湖をのぞき込んだり撮影したり‥‥。何年か後に見た「007は二度死ぬ」って映画では、この新燃岳の火口湖の水面が二つに割れて左右にスライドし、その下には大規模な秘密基地が設けられて、って設定だったな。そして我っちらがカメラを構えた場所は今、火山活動のど真ん中なんだ。
とんがり三角の、高千穂峰の姿を前方に見ながら南下する我っちら。坂本龍馬夫婦が登ったとされるあの山には、我っちらは登っても意味がない。山の姿をカメラにおさめるのが仕事だから‥‥。中岳を経由して霧島連山にお別れ。高千穂河原へと下って行った。
4×5版の大型カメラ(ちなみに独製リンホフテヒニカ)に三脚、10個ほどのフィルムケース、入れ替え用の生フィルム2ダースほど。それに “かぶり布” 。弁当、水筒。
当時はまだケータイ電話は無かったんで、高千穂河原に降り立った時には、事前の打ち合わせ通り、迎えのタクシーが待っていた。
この時のカメラマンは、いつもの先生のお弟子さんで、我っちより3~4歳若かった。
連山の縦走ってことで先生の代わりを務めたんだった。そして先生は、タクシーと共に我っちらを待っててくれたんだった。
宿舎のえびの高原ホテルに着いたのは、春先の高原もさすがに暗闇だった。