ここで言う狂言とは、能・狂言での狂言です。人をだまくらかす狂言じゃありません。もっとも、そっちの狂言でも予習は必要なのかもしんないけど?‥‥‥あはっ♪
区のプロデュースで「初心者のための狂言セミナー」てのがあって、参加してきた。「初心者のための」とコトワリがあるけど、我っちだって2度3度、狂言の舞台は観てきてるんだから、まっさらの初心者でもあるまいと、ちと抵抗が無いわけじゃない。でも、ま、強がりはやめとこ。
と言うのも、いずれも30代のころだったけど中野の梅若能楽堂、神楽坂の矢来能楽堂、渋谷の観世能楽堂での観劇は、おぼろげながらの理解しかできなかった。仕草は理解できて面白いんだけど、台詞が呑み込めないんだ。なんせ平安時代からの言葉づかいがそのまんま受け継がれてんのが、能・狂言だからね。梅若能楽堂は初めて狂言に接した場所だった。さる大学教授の奥様からオファーを受けて、夫君の代わりに一緒して欲しい、と、若造を捕まえての懇願だった。2~3年経ってからその奥様、今度は「招待受けてるけど体調悪いから、代わりに行ってくれない? 矢来能楽堂よ」てんで、カミさんと二人連れでの名代観劇だった。そのあとすぐくらいに、我っちはひとりで観世能楽堂に赴いたんだった。能も狂言も理解したくって。
数少ない機会だったけどいずれもちゃんとした能の公演で、狂言は、能の箸休め的に演じられる。ほとんどが笑える演題なんだ。でも、書いたように、あらすじは分かるし仕草も面白いけど、言葉が分かりづらいんで、理解も面白さも半減だった。
それから40年ほどを経て、今回のセミナーへの参加だ。歴史や舞台の仕組み、演題、流派のことなんぞを勉強できた。そして改めて思ったのは「予習が要る」ってこと。
事前に演題を確認しといて、ネタ本(解説書)を読み込んでから観劇に臨むってことがどうしても必要だなと思った次第だ。ちょいとアンチョコな方法ではあるけど、古語を体系的にマスターして‥‥ってのを我っちに求めちゃいけない。アンチョコ手法で、これから狂言を観る機会を作っていきたいと思うんです。
きっといつまでも、初心者枠から抜け出ることはできないんだってことはハッキリした。